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vol.16

MICHIO DEGAWA

サーフィンもボード作りも、終わりがない…

テイラー スティッチのスピリットは、どこまでも“本物”を追求すること。そのために“こだわり”と“情熱”はいとわない。
さまざまなフィールドには、同じ志を持って活躍する男達がいる。彼らを突き動かす原動力は? そして、何を求めているのか?
ここでは気になる一人をピックアップして、その思いを2回に分けて語ってもらう。きっと、そこにはテイラー スティッチとつながる何かがあるはずだ。
今回は、サーフボードブランド「NO BRAND(ノーブランド)」のシェイパー(サーフボードビルダー)として活躍する出川三千男さんだ。

海に入った時は、自分のことしか考えていない。それがサーフィンだと思っている

サーフボードを作るシェイパーとして半世紀に及ぶキャリアを持つ出川さん。日本のサーフボードインダストリーの草分けの一人だ

——出川さんは、サーフィンのコンペティターとして活躍しながら、その後、日本のプロ組織を立ち上げたりと日本のサーフシーンをリードしてきました。並行して、サーフボードを作るシェイパーの道を歩みましたが、きっかけは?

高校を卒業して、美大に進学したいと考えていました。当時活躍していたグラフィックデザイナーの横尾忠則さんに憧れてたんです。ですが、受験に失敗して、何かもうそんなのどうでもよくなって、友達とレーベルを立ち上げてサーフボードを作り始めたんです。「自分で自分の板が作って、それに乗れる」という単純な理由からです。今振り返ると、考えが浅かったかな(笑)。67年か68年くらいのことです。当時はシェイピングを教えてくれる人もいないから、見よう見まねです。

 

カスタマーが望むサーフボードをフリーハンドでビジュアル化する出川さん。サーフボードの設計図であるオーダーシートだが、多くのシェイパーは印刷されたものを使用するが、あくまでも手書きにこだわる

——サーフボードがハンドメイドされていることを知らない方も多いと思いますが、一本作るのにどれくらいの時間がかかるものですか?

すごくよく聞かれんですよ。うーん、年がら年中、板を見て考えていますからね。寝ても覚めても。例えば友達が板を持ってると、何となく目が追うわけですよ。板を積んでいるクルマとすれ違った瞬間に見てる。だから実際の作業は短くて済むけど、四六時中シェイプしていると言ってもいいと思います。何かアートに近いですよね。たまに疲れるからボードを見たくないんですよ(笑)。

多くのサーフボードの素材は、ポリウレタン。ノコギリで大まかなアウトラインを作り、プレーナーと呼ばれる電動カンナで形状を整える地道な作業

——出川さんにとって究極のサーフボードとは?

多分、究極はありません。だから、50年も「もう、ちょっとあるんじゃないの?」と、こんなことをしている。終わりがないのもアートに近いと思う。これだけやっていると自分流になってきました。何をやってももう「出川スタイル」みたいな。

 

——サーフィン自体も半世紀以上続けていますが、その魅力とは?

中々簡単にいかない、上手くできない。波に長く乗れて10秒とか15秒ぐらいです。他に下が動くというスポーツはないじゃないですか。フィールド競技でも、アイススケートでも下が止まっているじゃないですか。スノボが「横乗り」と言うけど、同じく下が止まっていますよね。だから、どこにもこういうものはないんですよ。後は自由感。写真やアート、ファッションなどカルチャーを生む要素もある。なかなか他のスポーツではないんじゃないかな。

 

最終調整はサンドペーパーを使い何ミリという単位で厚さを調整する。長年の経験が物を言う細かい手仕事だ

——今のサーフシーンについて、何か思うところはありますか?

海に入った時は、自分のことしか考えていないから…。意外と客観的かな。僕のサーフィンスタイルで入るから。それがサーフィンだと思っている。ただ僕がサーフィンを始めたのは16、17才で、恰好よく言えば、社会の既存のものにアンチテーゼもあったわけですよ。60年代の学生運動のころとぶつかる。だから、決められたものがイヤで、サーフィンがピッタリハマったわけ。例えば、今、多くのビーチでサーファーがビーチクリーンを定期的にやっているけど、「今日はビーチクリーンですから、海から上がってゴミを拾いましょう」とかはそうじゃない、と僕は思うわけ。だからと言って、海が汚いのは嫌ですよ。だけど、ビーチを歩いてゴミが落ちていたら、普段から僕は片付けています。だから、その「何時何分、集合!」というのはイヤ。だって、その時に一番波がいいかもしれない。サーファーはその時が最高なんだからさ。元々サーファーって、規律から逃れる種族だと思う。自分にサーフィンがなかったら、おそらく、何していたんだろうな、と思う。半世紀の間、生きていく支えになっている。

出川さんのレーベル(ブランド)名は「NO BRAND(ノーブランド)」。「自分のレーベルを立ち上げる時に、名前を何にしようか迷ったんだけど、『ブランド名なんてなんでもいいや』と思って決めた」。実に出川さんらしい

——今日もテイラー スティッチを着ていただいていますが、普段はどんなファッションが好きですか?

こういう恰好が好きですよ。60年代から変わらないファッション。テイラー スティッチは、コンサバティブというかトラディションで、別に特別な革新的なものがあるわけもない。でも、僕なんかがサーフィンに夢中になったころの、典型的なスタイル。だから、着ていて気持ちがいいですよね。サイズ感もそうだしデザインもしっくりくるから、気にしなくていいいんですよ。着ていることを意識しないと言うのかな。80年代とか奇抜なデザインの服があったけど、あのように服に着られることがない。着てる感がないんだよね。

シェイピングとアートは近いものがあると言う。人生の多くを注ぎ込むが、終わりが見えない

——テイラー スティッチに望むことがあったら、お聞かせ願えますか。

   

大変だと思うわけ、物作りで何か奇抜なデザインや新しいことをしないでいることは。素材とかは環境に配慮して進化させているけど、それは見えない部分だから。だけど、本質の部分はブレることがない。それがこだわりだと僕は思うんだけど。だから、その大変さをやり抜くことを期待というか、見続けたいですね。

——今日はどうもありがとうございました。

湘南郊外にあるシェイプルームの外庭にて。自分のことを「もうジジイだよ」と自嘲するが、今も、その姿、生き方は実にスタイリッシュだ

 

PROFILE

MICHIO DEGAWA

出川三千男
NO BRAND(ノーブランド)ファウンダーシェイパー

1950年生まれ。神奈川県・稲村ヶ崎出身 高校卒業後、サーフボードファクトリーを仲間とともに始める。その後、国内を始め海外のサーフィン大会にも出場、71年全日本アマチュアサーフィン大会優勝。70年代以来、日本のサーフィンシーンをリードし続ける。1990年に公開された映画『稲村ジェーン』(桑田佳祐監督)の主人公のモデルの一人とも言われている。著書『波乗り入門』(ちくまプリマー新書)

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